2007-12-07 第168回国会 衆議院 外務委員会 第5号
「長崎ヨリ東京ニ持帰リタル不発原子爆弾ヲ速カニ「ソ」聯大使館内ニ搬入保管シオカレ度、返」、こう書かれているわけでありますが、この存在を大臣は御存じでしたでしょうか。
「長崎ヨリ東京ニ持帰リタル不発原子爆弾ヲ速カニ「ソ」聯大使館内ニ搬入保管シオカレ度、返」、こう書かれているわけでありますが、この存在を大臣は御存じでしたでしょうか。
「長崎ヨリ東京ニ持帰リタル不発原子爆弾ヲ速カニ「ソ」聯大使館内ニ搬入保管シオカレ度」、真贋も含めて、こういったいろいろな歴史上のデータがシベリア図書館にある。 もしにせものだったら、だれがどういう目的でつくったのか。例えば、南京大虐殺は事実上ほとんどなかった。彼らが言うような虐殺はなかったし、極めて整然と行われたのは間違いない。
ここが返還されますと、羽田が長距離国際空港として発展するといたしますならば、これは東南アジアもしくは中共、ソ聯等々、比較的近距離の国際のローカル線ということになると思います。
先ず委員長よりソ聯残留者の現状報告に関しまして、一般收容所の現況と残留数について、先ず佐藤三郎証人に質問いたします。佐藤証人はカラカンダ地区におられたわけでありますが、入ソ当時カラカンダ地区におられた総数を、日本人のいわゆる総数を分るだけ答えて頂きます。 その次に重ねて二、三点一緒に申上げますが、囚人ラーゲルの分布状況を証言を求めたいのであります。
○証人(金子麟君) 大連においてソ聯進駐後の行政の体系及び社会の情勢については只今石堂君がお述べになりましたから、私は再びこれを述べません。ほぼ同様であります。ただ石堂証人のおつしやつたことは大変綺麗におつしやいまして、私は野人でありまして、又私は終戰後から医者の方でございまして、社会のことは余り存じません。
私は昨年の十一月の初めにソ聯から引揚げて参つた者であります。三ケ年の間ソ聯におりましたその間において、元義原隊の出身者及び開拓團員というような者と一緒に俘虜生活をやつておりました。その間にこの者たちがどういうふうな心持でおつたかということを一言申上げたいと思います。この收容所生活におきまして、最初はお先眞暗という状態でありました。
あれ程大きな打撃を受けましたソ聯におきましてすら、すでに戰前の水準に回復していると傳えられます。鉄のカーテンを以て蔽われました東欧諸國においてすら著々と再建は進んでいるということを新聞は報じております。然るに日本の現状はまだ敗戰が続いておりまして、全体としては食い込みの過程を辿つております。
日本側としては、例えば高砂丸の如き四千人も積まれる船を向けるときには四千人乘せたいというので交渉すると、ソ聯側がそれを聞かない。それでやむを得ずがらがらの船が帰て來ておるしますから、こういうふうなことはこれは巷間傳えられておりますが、実際は反対であつてこういうふうに食糧を非常に切り詰めて乘せないというふうなことや、或いは船長がどこからかよく知りませんが、とにかく二千人以上は絶対に乘せてはならん。
最もその著しい例をソ聯の社會主議的國營事業の場合、又はイギリスにおける國營事業の場合等の例によりまして、經營責任者の選任というものが民主的に行われまして、一度選任された責任者の創意と、責任の幅というものは、實に大きなものであります。凡そ仕事をするということは、こういう態勢がなければ仕事はできないということは、何事かの仕事に當つた經驗のある人の、すべて認めるところであると思います。
企業経営は適正利潤を得られる範囲においてのみ、それは永存するのでありますが、現にソ聯におきまして赤字経営を認めない、独立採算制を取つて、專門家である理事者の單独責任において、好成績を挙げておるがごときはよくそれを物語つておるものでありまするし、資本主義の米國における企業経営も然りであります。
甚だ簡單でございまするけれども、あらゆる諸点はすでに十六日並びに本日の公述の方々と殆んど賛成的な箇所においては同じ意見でもございますので、特に変わりました原則論といたしまして、或いはイデオロギーに墮し過ぎた議論ではございまするかも分りませんけれども、併し世界の経済の動きの中から、私が先程申しましたソ聯、米國、英國の三大國家の炭鉱そのものに見ましたところの政策を加味して誤りなかつたということに対して、
未だに帰つて來ない家庭が、自分の家の者は帰つて來るのか來ないのかそれが分らない状態でおるのでありますが、その家族に対して何か慰問の方法を講じる、生活保護法の金以外に慰問の方法を講じるとか、こういうわけでこうなつておるから、それでソ聯の側においてはこういう状態であるからというような親切な手紙を政府が出して、十分これに慰安を與えて、その帰還を待ち、又希望を繋がしめるというような温い氣持が拂われねばならんと
委員会といたしましては、随分盡したつもりでありますけれども、尚又中共地区、ソ聯地区の実情を見ますときに、我々の祷りと、我々の努力の足らざるのをしみじみと感ずるものであります。私達は一層これらの同胞のあることを身に泌みまして、重点的に一つ一つ問題を解決していくように、この委員会を運営していきたいと思います。
○政府委員(森田俊介君) 九月の初めの状況を申上げますと、ソ聯だけで旧陸軍が約五十六万八千人、元海軍に属します者が約一万人まだ帰つておりません。これは何時かの委員会で他の政府委員から申上げた数字よりも、少し帰られたからそれだけ少くなつておるわけであります。
○田村文吉君 ちよつとお尋ねしたいのですが、陸軍の終戰当時のソ聯の残留者はいくらでございましたか。それから帰つた人の数をお引きになつたものがこうなるのでございますか。
帰つた人からあの人が亡くなつたのを見たという的確なる申出のあるものは、ソ聯に行つておる人でも、戰死公報を出しております。
又本年の計画でございますが、これは只今もお話しの中にありましたソ聯領地区から帰つて参りまする人々が段々に縁故者が少くなりまして、いわゆる無縁故の人が多くなつて参ります。これに対しまして直接の問題を感じますのは北海道であります。
それからもう一つは、大きな社会問題乃至政治問題と申してもよいと思うのでありますが、引揚者の問題でございます、引揚者は、終戰後の状態から申しますれば、数十万の引揚げの者達がおりましたのに対應いたしまして、御承知のように、全國に十数ケ所の引揚援護局を作りまして、ソ聯地区その外の若干のものを残しまして、すでに完了しておるわけでございますが、大変なお仕事をやつて参つたわけでございます。
その他にソ聯地域の残留者を合計いたしまして舊陸軍が八十八萬二千、舊海軍が六萬百三十九という數字でございます。今までの復員者の總數は二百八十四萬でございます。 一ヶ月前に詳しく申上げましたので、最近參りました状況だけを附加えますと、先程お話のありましたように、南方の復員につきましては非常に見通しが付きましたので、現地から極めて感激の手紙が參つております。
問題はソ聯地區でございますが、その他の、樺太につきましても殘留者がどれ程あるかということは、はつきりいたしませんことは、それはソ聯に占領せられた後で樺太から他所へ持つて行かれたということもありまするし、その他いろいろの事情ではつきりした數字がないのでございます。
この法案はいろいろ參考の法令をここにお示しになりましたが、これは一體ドイツだとかソ聯であるとか、いろいろお示しになりましたが、どれを農林省としては參考にされたのでありますか、我々にこういうものがあるからよく見ろという御趣旨でありますか、どれに重點を置いておられるのでありますか。
その他計畫といたしましてはソ聯の代表部、その他数ケ所を計畫しておりましたが、いわゆる日本人が責任者になつておりますところの、例えば赤十字の團體とか、或いはYMCAの團體というようなものに對しては、こちらの方でその決議に副うての御挨拶をいたすことが許されたけれども、ソ聯關係その他中國というような代表者と直接に交渉をすることはGHQから公式に禁じられておりますので、これは遠慮しなければならないような結論
○政府委員(久保敬二郎君) ソ聯の方の特許制度竝びに發明奬勵制度につきましては、實はあいいうすべて祕密にしておる國柄でございまして、完全な資料はなかなか手に入らないのでございます。
先程長官はソ聯において發明家を非常に優遇をしておる例を擧げられましたが、ソ聯という國は新らしい國である。大破壊の後から起ち上がつた國でありますが、その際教育も大變改革をやり、科學技術の非常な振興策もやりました。それについて、そこからあなた方お調べになつて、この問題についてソ聯がどんなことをやつておるか。それを一つお話を聞くことはできないでしようか。